FC = DJ

フリートコマンダーはDJである。DJと聴衆をダンスフロアに押し込むとどうなるか? 自然と音楽がかかり、人々は踊り始める。2013年の新春に、奇しくも私はディスコ・パーティーの比喩を用いたが、それから二年が経とうとしている今、私はいつも考える、フリートコマンダーはDJであると。
パーティーにはDJが必要である。しかし、聴衆がいないDJは孤独である。深夜四時ごろ、大トリのDJの出番が終わったあとのチルアウトの時間、あるいは11時ごろの暖まっていないフロア、これに勝る悲しさはない。誰もが自分の飲み物を飲み、あるいは飽きて帰って行く。私はよく一人で踊ったものだ。なぜならそこにはDJがいるし、ミラーボールはいつでも回転を続けていたから。

いま、Placidは巨大なダンスフロアとなりつつある。いまだかつて誰も体験したことのないような、いわゆる大規模な野外フェスが行われようとしている。そこでは人々は自由に踊り続け、ファックし、大量のコロナ・ビールとハシッシが消費されるだろう。準備段階にあたる、延々と繰りかえされる外交のテーブル、つまりパーティーの実行委員たちとの会席で、私は次のようなことを確信した。「ニュースサイトに何かが記載されるとき、そのトピックはすでに終わっている。」

Vox Populi.は図体がでかく、踊り始めると止まらない。私は数十人いるDJのなかの一人でしかなく、全員の出番を考えるのも、セットリストを考えるのも、本来は誰かほかの、巨大なもののはずだった。しかし奇妙な運命に導かれ、私はリーダーになってしまった。巨大なもの、つまり誰かほかのものは、もはや私のことなど気に掛けないし、私も気に掛けない。目眩がすることさえある。パーティーが始まってしまえばそれでいいのだ――的確な曲をかけ、人々を、そして自分自身をうまく踊らせることに集中すればいいのだから。

私がもうひとつ気づいたのは、このゲームが信じられない速度で成長を続けているということだ。このゲームの1ヶ月は現実世界の1年にあたる。それだけ夜の数も少ないのだ――あのころ、I-Nで毎日のようにフリートが立ち続けていた夜は、平日すら歯牙に掛けない、無限に続く海外のディスコの夜だった。私が再現しようとしているのはああいった夜、いわば日本の国土に巨大なダンス・クラブを作り上げること、誰もが自由にヘッドフォンを被り、テーブルの前に立って、自由にパーティーを放り投げることができるような場所だ。まずはすべてを忘れなければならない。何といっても我々は踊るために生まれたのだし、そうしていなければ飽きて、このゲームを辞めてしまう。言い訳はナシだ。

この一ヶ月のうちに、なんと多くのことが変わったことか! そしてさらに踊りつづけなければならないとは! 私はもう眠らないことにした。Vox Populi.の諸君、正直に言ってしまおう。私はDJをするために生まれてきた。話をするのはあとだ。パーティーが終わり、私が眠っているときに話そうじゃないか。何といっても、このアライアンスはPEW PEWのために生まれたアライアンスなのだから。そうだろう?

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