祭りのあと

血の気ボーイズの逆襲

 

ONI社は非常に困った会社で、なんか……する?の一言で十人ぐらい人が集まってしまうという血の気ボーイズ達である。こういう血の気ボーイズを束ねるのがFCで、私ROLLSTONEは不肖ながらそーいうやつをやらせてもらっている。一人二人でコントをやるぶんには子供の遊びで済むが10人ともなると流石に遊んでいられない。当たり前の話である。10人で遊んでしまっては暴走族と変わりない。敵のGCに向かって「お前試しにワープしてみろよ」みたいな度胸試し的指示を繰り出すFCがいたらおれはガチで抜けさせてもらうと思う。
ということで遊べないのである。
まじめ一徹なFCをずっとやってみて思ったのだが、これが疲れる。おれはすぐに物事を笑いにもっていこうというあまりといえばあまりに関西人らしい人間なのだが、まじめボーイとなって指示を繰り出すと実は繊細なおれの神経がかなり疲弊し、その夜なんだかうまく寝付けないという由々しき自体に陥ることになる。(かわいい)
ということで後任を募集している。(早い)
ちょっと思ったが括弧くくりで自分へのツッコミを入れるというのはもはや自慰行為に他ならないのではないか? あるいは、自分が求めるツッコミはもはや自分の中からしか生まれないという態度の表れだろうか?

石の上にも三年という言葉があり、これはいかした言葉である。おれは若くしてもう5年ぐらい続けていることが三つほどあり、その三つは我ながらいかした達成を見せている。これは大変ムツカチイ話なのだが、要するに、なにかを達成したいと思うときには、その達成したいことを惰性で続けることが大切である。なにかになりたいという願望があるのはいいが、その願望を抱き続けることは時としてしんどい。まあEVEで言えば100bill貯めたいとか最強の殺し屋になりたいとかTitan製造したいとかいろいろあるだろうが、そういうことばかり気にしていると中だるみしたときに「今んとここんな感じになっちゃってる自分」というジレンマと闘うはめになる。そういうときにlossなんかしたりするとモチベーションはだださがりである。二度とこんな失敗はしない!とか思ってもムダである。悔しいものは悔しいのである。
悔しいものは悔しいし、嬉しいものは嬉しい、でいいんでない?という話である。殺伐とした話はたいへん多い。というのも、どのような達成においても確実に言えることだが、その過程は殺伐としているからである。人の世が殺伐としているのもこのためである。
おれは様々なことに手を出しては途中で放り出してきたが、これは元々自分に素質がなかったためであり、それは自分の責任というか、手落ちというか、能力の欠如であるとは考えていない。なんとな~く続けてみた、先述の三つのことがあるからである。まあいちいち言ったってしょうがないから三つのことと書いてみたせいで話が抽象的になってしまってる感じがあるけど、おれはその三つのことを眺めるとき、まあまあの達成であるし、これからも惰性でやっていけばもうちょい伸びるかな~なんて考えて嬉しかったりする。
つまりEVEというゲームひとつとっても石の上に三年でやってみればいいんでないの~というお話であった。誰に強制されてるでもなし。あるいはその強制されている感じは、自分自身が強制してるからなんじゃねえの、と思ってみたり。
まじめ一徹になってしまった。夜中だからだろうか。

明日は母の命日である。もしよかったら祈ってやってください。

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